古楽ってなんだ？
私は古楽ファン。古い音楽が好きで、そして古い楽器が好き。でも、「古楽」というものはクラシック界ではほとんど認知されていません。わが国の誇るべき古楽器アンサンブルＢＣＪの熱心なファンの間ですら、バッハ以外の古い音楽や使われている楽器はあまり注目されていないのが実情です。モンテヴェルディやシュッツ、アーレ、ブクステフーデなども「ＢＣＪが取り上げた曲だから聴いている」という程度で、そこから先には興味は広がらない。「聴く演奏家はＢＣＪだけ、聴く音楽はＢＣＪの演奏した曲だけ」というのでは、これら古い音楽の本当の面白さは決してわかりません。
何も「古楽ファン」になれといっているのではありません。しかし、ＢＣＪメンバーの多くは、古い音楽が好きであり、古い楽器が好きなのです。つまり、彼ら自身が「古楽ファン」でもあるわけです。また、バッハを理解するためにモンテヴェルディやブクステフーデを演奏しているわけではなく、これらの作曲家と作品に独自の魅力を感じて演奏しているのです。とはいえ、これらの作品を演奏することで、間違いなくバッハの演奏は変わってきます。９８／４のヨハネ受難曲。そこでのエヴァンゲリストのレチタティーヴォの演奏には、明らかに「バロック音楽の原点」ともいえる、17世紀初期イタリアバロック音楽の影響が感じられました。「バッハもバロックの作曲家の一人なんだな」と感じさせられた一瞬でした。
このように、ＢＣＪの演奏をより深く味わうためには、彼らの中に流れている「古楽の血」について知っておくのは悪いことではありません。「ＢＣＪのバッハには興味があるけど、古楽には全く興味ない」という方も、是非、古楽に興味を持っていただきたいと思い、このコーナーをはじめることにしました。
このコーナーをきっかけに、より多くの方が古い音楽や古い楽器の魅力に気付き、これらのものへの「誤解、偏見、先入観」を取り除くことができたら、これに勝る歓びはありません。少々堅苦しいですが、お付き合いください。
（99/04/19）
「古楽」とは文字通り古い音楽。「古い音楽」とは多くの場合バッハ以前の音楽を指すようです。１７５０年のバッハの死をもって区切りとするという見解もありますが、実際には、１７３０年代から新たな動きが始まっている一方で、ヘンデルもテレマンもさらに長く生きました。もちろん、バッハの息子達はモーツァルトの時代と重なっているわけです。末子のクリスチャンはともかく、次男のカール・フィリップ・エマニエルなどは、最初はバロック、最後は前古典派です。
とりあえず１７５０年以前の音楽を「古楽」と呼ぶとして、有史以来のすべての音楽をひとくくりにするのはあまり適切だとは思えません。現在残っていて演奏されているのは、グレゴリオ聖歌以降の音楽ですが、これらは大雑把にはゴシック期・中世、ルネサンス、そしてバロックに分けられると思います。１４世紀までを中世、１５・１６世紀をルネサンス、１６００年～１７５０年ころをバロックと呼んでいるようです。もっとも、バロックから古典派もそうですが、多くの場合、時代の移り変わりの時期には、古い様式と新しい様式が並存するのが普通ですし、その時期に特徴的な様式が、別の呼び名で呼ばれることがあります。ルネサンスからバロックの変わり目、１５７０年～１６３０年くらいまでは「マニエリズム」、バロックから古典派への移り変わりには「ロココ様式」「ギャラント様式」「前古典派」などといわれるものが存在しました。
時代の呼び名を統一したとしても、その中味は地域、国によってさまざまです。それぞれの国の歴史が異なる様に、音楽もまた異なった歴史をもっています。もちろん、それぞれの時代に中心的な役割をはたした「楽派」とか地域というのはあります。ノートルダム楽派、フランドル楽派、ヴェネツィア楽派などと呼ばれるのがそうです。その他、ヴェルサイユ、ウィーン、ローマなどがそれぞれの時代の音楽の中心地になり、他の地域の音楽に大きな影響を与えてきました。しかし、それでも、イタリア、ドイツ、フランス、イギリスなどではそれぞれ異なった様式の音楽が独自の発展を遂げていました。バロック時代においてもそうです。まさに、国や地域によって言語が異なるのと全く同じ状況だったのです。
さて、私は「古楽が好き」といいましたが、実は、ルネサンス以前の音楽にはあまり関心がありません。理由は簡単。ヴァイオリンのための音楽がないからです。といおうか、ヴァイオリンそのものがまだなかったのです。もちろん、一般のクラシックファンに比べれば接する機会は多いですが、それでも、他人に説明できる程の知識は持ち合わせていません。私にとって「古楽」は主としてバロック音楽を指します。そこで、これからは、「古楽」のなかでも「バロック音楽」にしぼってお話させていただこうと思います。
（99/04/25）
「古楽」というと、いわゆる「オリジナル楽器」による「バッハ以前の音楽」の演奏を指すことが多いようです。しかし、考えてみればこれはおかしな定義です。私も自分で頻繁に使いながらも、あまり好きないい方ではありません。日本語を素直に読めば、単に「古い音楽」というだけで、「オリジナル楽器を使った演奏」などという意味はどこにもありません。もっとも、「古い音楽」を現代楽器で演奏することは、バッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディ、テレマンなど18世紀前半の一部の有名な作曲家を除いてはほとんどありませんが。だから、「オリジナル楽器による古い音楽」を「古楽」と呼んでも実害はないのです。しかし、1960年代には、カラヤンが現代の大オーケストラでモンテヴェルディを演奏するなど、想像しただけで思わず血の気が引いてしまうようなものもありました。
一方で、1980年代後半から、オリジナル楽器によって古典派からロマン派の作品を演奏することが多くなってきました。これは「古い音楽」とはいえませんから、たとえオリジナル楽器を使っていても「古楽」ではない（と思うのですが）。ここで「古い音楽」というのは、通常は1750年以前つまり、バッハの死の年をもって終わるといわれている（これもきわめて不正確ですが）、音楽における「バロック時代」以前の音楽を指すのが一般的です。
これを表にしてみるとこうなります。
| バッハ以前 | バッハ以降 | |
| 古楽器使用 | 古楽 | △ |
| 現代楽器使用 | × | × |
つまり、オリジナル楽器（古楽器）を使っていれば、とりあえず「古楽」の範疇に入れ、現代楽器を使っていれば、例えバロック音楽でも「古楽」とはいわない。そして、もうひとつ問題なのが、バッハを「古楽」の範疇に入れるかどうかです。ＣＤショップやＣＤ雑誌では、バッハ以前の音楽、つまり、バロック、ルネサンス、中世の音楽を「アーリーミュージック」「音楽史」などとして分類していますが、その中にはバッハははいらないことが少なくないようです。バッハは特別扱いであり、モーツァルトやベートーヴェンと同じ扱いになります。ヴィヴァルディの協奏曲は「音楽史」、バッハの協奏曲は「協奏曲」というジャンルで紹介されています。しかし、音楽の形式においては、明らかにヴィヴァルディとバッハは同じジャンルです。
私が自らを「古楽ファン」と呼ぶ場合、それは、バッハも含めたバロック以前の音楽をオリジナル楽器で演奏したものを指すと考えて良いのですが、オリジナル楽器で演奏した古典派もなかなか好きなので（もともと古典派は好きですが）、私の場合にはとりあえず、「古典派以前のオリジナル楽器による演奏」ということでいいと思います。
このように、「古楽」といっても、実はいいかげんな言葉であって、人によって使い方が異なるのです。
（99/04/19）